歴史
1806年、ナポレオンがイギリス製品をボイコットする大陸封鎖令を発したことから、フランス植民地で砂糖やコーヒー豆が極端に不足した。このことがきっかけでチコリコーヒー(チコリや穀物を焙煎した、カフェインを含まないコーヒー風味の飲み物)などの多くの代用品や、新しいコーヒー飲料は生まれることになる。
ゲーテもイタリア滞在の際には寄ったと言われるローマの「カフェ・グレコ」の3代目オーナー、サルヴィオーニは、苦肉の策としてそれまで出していたコーヒーの量を単純に3分の2にして、価格を下げることで当座をしのいだ。これは多くの客に受け入れられ、グレコは多くの姉妹店を出した。これがデミタスカップの起源である。
ドリップコーヒーに比べてサイフォン式のコーヒーが圧力によってより早く、濃厚なコーヒーが淹れられるように、さらに高圧力で高速にコーヒーを淹れる方法として、エスプレッソマシンはデミタスカップの誕生から1世紀後の1901年にルイジ・ベゼラによって開発された。この特許を買い取ったデジデリオ・パボーニが1906年のミラノ万国博覧会に<ベゼラ>という名前で出品したのがエスプレッソの起源であり、1杯ずつ注文に応じて淹れる手法がトルココーヒーで既に定着していたイタリアで広く受け入れられたのである。
現在多く用いられている電気式のマシンは、1961年にエルネスト・バレンテによって開発された。日本でエスプレッソドリンクが広く受け入れられるようになったのは、スターバックスをはじめとするシアトル系コーヒーショップがチェーン展開されたことが大きい。
なお、通常原液を薄めて販売しているカップ式の飲料自動販売機の中には、エスプレッソマシンに似た機構が内蔵されており、その都度豆を挽いていることを宣伝文句にしている場合もあるが、エスプレッソほど濃厚に抽出されているわけではない。
エスプレッソの語源は「急速」との説と、「特別に、あなただけに」との説、「抽出する」という意味の動詞の過去分詞形から派生したとする説がある。誰が最初に名付けたのかははっきりしていない。ただ、当時の時代背景から蒸気機関車の図版を用いて宣伝活動を行っていたエスプレッソマシンメーカーもあったことから、「急速」のイメージは強く関わっていることがわかる。ちなみにイタリア語の鉄道用語でエスプレッソと言えば「急行」をさす。